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Case study

大出力化(SP)6GHz帯無線LAN有用性検証
―キリンビール仙台工場での実測評価―

 本実験は、株式会社ビーマップが発起人となり、シスコシステムズ合同会社、エヌ・ティ・ティ・ブロードバンドプラットフォーム株式会社の技術者が参加する共同検証実験として実施された。

1)初めに

無線LANに対する市場要求の高度化を背景に、世界的に6GHz帯の開放が進められている。日本では2022年9月に5.925–6.425GHz帯が開放され、2026年4月現在、屋内用途ではLPI (Low Power Indoor、最大200mW)、屋外用途ではVLP (Very Low Power、最大25mW)による運用が可能となっている。一方、米国では6GHz帯の開放において先行しており、干渉回避の枠組みの下で高い送信電力を用いた通信が実用化されている。この高出力運用はLPIと区別してSP (Standard Power) と呼ばれ、日本においても現在、その導入に向けた検討が進められている。

また、応用実装の観点では近年の無線LAN規格の進化により、低遅延、低ジッター、高い安定性といった特性が世代を追うごとに強化されてきた。これにより、従来のインターネットアクセス用途に加え、例えば、工場における制御系ネットワークの無線化にも、注目が集まっている。
しかし工場環境では、製造ラインや大型設備、金属構造物が多く存在するため、無線通信におけるデッドスポットの発生や、それを回避するためのアクセスポイント多設によるコスト増大が課題となってきた。このような背景から、より広いカバーエリアを確保可能なSP運用は、工場向け無線LANの有力な適用先の一つとして期待されている。

そこで本検証では、電波法改正に先立ち、SP運用を用いた場合に、実際の工場環境においてカバレッジおよび通信特性がどのように改善されるか、また運用上留意すべき点があるかを明らかにすることを目的とした。

評価には、SP運用が実用化されている米国製品(厳密には世界市場対応)を用い、実験局制度に基づく免許を取得した上で実測を行った。本実証実験は、キリンビール仙台工場の敷地内において、屋内および屋外それぞれ1か所を測定対象として実施した。
屋内ではSP運用とLPI運用の比較、屋外ではSP運用とVLP運用の比較を行い、受信電力分布および上り・下り通信速度を測定した。また、カバレッジ特性の把握を目的として、Friisの自由空間伝搬式を基にしたN乗減衰近似モデルとの比較評価も行った。

本報告書では、第2章で測定条件および評価方法を整理した後、第3章にてSP運用と従来運用 (LPI/VLP) との比較結果を示す。さらに第4章で得られた実測結果について考察を行い、実環境におけるSP運用の有用性と留意点を議論する

2)測定条件および評価方法

[使用機器]

親機:Cisco CW9179F(4ss、アンテナ利得12dBi(文献1参照))
子機:Edgecore OAP101-6E(2ss、アンテナ利得6dBi(文献2参照))

[設定パラメータ]​

占有帯域幅:80MHz
Guard Interval: 0.8μs

 

[出力条件]

電力設定に関しては、SPモードは電波法改正後の運用時の設定を模擬して設定。比較のために実施したLPI(屋内), VLP(屋外)は現行法の規定に準拠して設定。

屋内外SP:

親機SP、子機は親機より9dB低い出力(注)

屋内LPI:

親機、子機ともLPI

屋外VLP:

親機、子機ともVLP

(注)SP運用では、子機の出力は固定型の場合は親機と同等、可動型子機の場合は親機に対して6dB減などの規定がある。今回の目的は工場環境での評価である為、AGV応用への展開なども視野に入れて、可動子機条件を考慮し、上下非対称な出力条件下での注意点の有無も確認できるよう出力値を設定(上限値-3dB)した。

 

[評価方法]

電力分布評価には、Airmagnet®(文献3参照)を使用してRSSI(受信電力強度)を測定。
速度測定には、iperf3を用い、TCPスループットを測定。

[測定環境]

実験は、キリンビール仙台工場の敷地内の屋内と屋外の2か所にて測定を行った。今回の実験の主目的は実際の工場屋内の多重反射環境で無線LANの出力の増強でどのようにカバーエリアが改善されるか、また屋内より反射の影響が小さい屋外の開放空間でも同様の評価を行い、違いを定量的に検証することにある。親機子機の出力設定の組み合わせについては実際の運用を模擬して設定した([出力条件]の節参照)。

図1-5に測定した環境の写真を示す。図1は屋内環境の測定風景である。写真奥の4mほどの高さのところにアンテナが配置されているものが親機である。手前側の2m程度のところにアンテナが配置されているものが子機である。この地点は一番親機と子機が近接したところでの測定となっている(図6,7の測定点1に対応)。次に図2であるが、部屋の片隅に設置した親機に対して対角線上の隅に設置した子機の設置写真である(図6,7の測定点8に対応)。図1の場所はLoS(Line of Sight)であるが、図2は親機を直接目視することはできず、いわゆるNLoS (Non Line of Sight)となっている。図3もNLoSの一例であるが、図2よりも厳しい環境となっている。写真では遠方の方に、金属の壁があることが確認できる。今回の実験で一番劣悪な環境としてこの地点を測定点に加えた(図6,7の測定点7に対応)。

figure_1.png

 

図1 屋内親機、子機設置イメージ

奥に見えるのが親機、手前に見えるのが子機、子機を移動させて各点の上り下りのスループットを測定
 

figure_2.png

 

図2 親機設置から最も離れた地点(測定点8)

部屋の隅に設置した親機に対して、部屋の対角の角に設置した子機

 

図3 屋内で一番劣悪な場所から親機方向を望む(測定点7)

親機との間に鉄壁や機器が配置され、直進電波は完全に遮断されている

 

図4 屋外に設置した親機から測定点を望む

突き当りまでが約600mある

 

図5 子機側から親機を望む

(参考の為に測定した点を除き)屋外の全ての測定点はLoS(Line of Sight)

図4,5は屋外の測定場所の写真である。図4は親機を設置した地点から測定場所を望んだ写真である。右手側に渡り廊下があるが、手前側は殆ど開放区間となっており、100m程先からは16mの道路の両脇を建造物が囲む形となっている。突き当りは600mほど先で、出荷時に使用されるパレットが平積みされ、壁のようになっている。図5は子機の設置例を示す。図4とは反対向きから測定場所を見た写真となっている。

3)測定結果

カバーエリア増大の検証

屋内:SP vs LPI

屋外:SP vs VLP

電力分布の評価には、無線LAN測定ツールとして広く用いられているAirmagnet® を使用し、各測定地点における受信電力強度(RSSI)を取得した。Airmagnet®で測定した結果を図6-9に示す。(Airmagnet®でRSSIを測定してプロット。電力分布の灰色表示に切り替わる閾値を-80dBmとした。図中、上り下りの速度測定値も併せて示した。)

 

図6 屋内LPI出力での電力分布

全体の6割の領域で受信電力強度は-80dBm以上になっていることがわかる。

 

図7 屋内SP出力での電力分布

殆どの領域で受信電力強度は-80dBm以上になっていることがわかる

図6,7は屋内の結果で、出力電力は図6がLPI、図7がSPである。図8,9は屋外の結果で、出力電力は図8がVLP、図9がSPである。
Airmagnet®で測定されたRSSIの分布が色を分けて表示されている。電力分布に加え、上り下りの速度結果も合わせて掲載した。速度については上り下りのリンクバジェットも含めた議論をする必要があるので、次節以降で扱う。まず屋内の図6(LPI),図7(SP)の電力分布を比較検証する。どこを閾値にするかは、適用するシステムの要求項目、受信アンテナの利得等で変わるが、ここでは一般的な値として-80dBmを閾値としてSPとLPI(屋外の場合はVLP)を比較した。
図6,7を比較すると、図6ではカバーエリアが6割であったのが図7ではほぼ全域をカバーしていた。SPとLPIの出力差は13dBなので、図6,7の色分布を比較して見ても、ほぼ妥当な結果と言える。
次に図8,9に屋外のVLPとSPの出力時の電力分布について示す。VLPでは-80dBmを閾値とすると、600mの距離の15%程度が通信カバーエリアだったが、SPにすると、90%程度が通信エリアとなった。屋外ではLoSの地点での測定を行ったが、参考の為に、一点、直線道路から脇道にそれた点で測定を行った。図8,9で測定点2の近くのRと表示されている点である。この点は親機からは完全に見通し外の地点でVLPではPING接続すらしなかったが、SPでは上り速度105Mbps、下り速度57Mbpsの速度を得た。
屋内のLPIとSPを比較した図6,7の違いと屋外のVLPとSPを比較した図8,9の違いを比較すると、図8,9の違いの方が大きかった。これは出力電力差が図6,7では13dB、図8,9では22dBであることが主要因であると考えられる。屋外、屋内が何乗則で減衰していったかについては後節で議論する。

 

図8 屋外、VLP出力での電力分布

工場敷地内端までの600mの内、15%程度が-80dBm以上となった。

 

図9 屋外、SP出力での電力分布

工場敷地内端までの600mの内、90%程度が-80dBm以上となった。

[SPモードの親機子機の非対称出力に関して]

米国ですでに開放されているSPモードは最大出力4Wだが、それに接続する可動子機は親機から6dB以上低い値でないといけない。そこで上下通信に非対称ができ、通信エリアが子機の出力で律速してしまうのではないかとの懸念が生じる。しかし、距離特性は出力値だけでは決まらず、受信側のアンテナ利得、最小受信感度などのパラメータにも依存する。図10に屋内でSPモードで測定した上り下りの通信速度の比較グラフを示す。

 

図10 屋内でSPモードの際の上下通信速度

Down側の電力>Up側の電力だが、Up側の方が速度が速い

figure_10.png

第2章のパラメータ設定のところに記載した様に、運用時を模擬し、屋内SP測定では親機はSP、子機はそこから9dB減じた値で出力させている。この設定だけからすると9dB分下りの方が高速になると思われがちだが、以下の理由で図10の結果に示される様に上りの方が若干高速になる。これは簡単な上り下りのリンクマージンの計算をするとわかる。
まず送信電力は9dBダウンリンクの方がマージンがある。受信アンテナはAP側が12dBiのアンテナ利得、STA側が6dBiのアンテナ利得なので、6dBアップリンクの方がマージンがある。この他、親機側が4本アンテナで、子機側が2アンテナで2ストリーム伝送するので、アレイ利得が3dB上り回線につく、また機器メーカから取得した最小受信感度表も親機側の方が3dB良かったので、以上を全て足し合わせると、差し引きリンクマージンは下りの方が出力が9dB大きいにも関わらず、上り回線の方が3dB大きいことになる。図10の結果は上記の事実を反映していると言える。尚、図10において90mのところ(測定ポイント7)で大きな落ち込みがあるが、この点については考察のところで議論する。
比較として上下リンクの出力を同じにして測定した、LPI測定(屋内)の結果を図11に示す。

 

図11 屋内でLPIモードの際の上下通信速度

電力は同じだが、上りの方が合計リンクマージンが(12dB)大きい分だけ速度が大きくなっている

この場合は親機も子機も同じLPI(現行法では屋内用途に限定して、日本では最大23dBm(200mW)まで送信可能)出力となっているが、図10で説明したように受信のリンクマージンが上りの方が大きい(上りリンクを基準に考えると上下リンク差は、アンテナ利得で6dB、アレイ合成で3dB、最小受信感度で3dBの合計12dB上りリンクの方がマージンが大きくなる)。このため図11の上下のリンクの開きは、図10より大きい差となった。尚、図10のところで触れた90mのところでは、ほかの地点より落ち込んではいるが、図10のSPに比べLPIであるにもかかわらず上りリンクの速度が向上している。この件については次章の考察で議論する。また、図10,11を俯瞰してみたときに測定点4の値が他の点に比べて高い測定値を示しているように見える。これは、親機からの距離は4番目ではあるが、図6,7のレイアウト図で確認できるように、測定点1とともに測定点4はLoSであるために、他の点より相対的に高速通信が可能であった為と考えられる。

[N乗減衰特性の検証]
Friisの自由空間伝搬式における距離2乗減衰を基準とし、実環境における反射・散乱等の影響を考慮するため、距離減衰指数を N とした N乗減衰モデルによる近似が一般に用いられている。今回の散乱体が多い屋内環境と、比較的見通しの良い屋外環境の速度距離特性が、何乗近似に相当するかを評価した。速度距離特性を評価するために、Friisの公式とともに、機器ベンダより最小受信感度表 (あるMCSを複合できる最小の受信電力を表にしたもの) を入手し、速度距離特性に変換した。また計算に当たりMAC効率は0.8とした。

 

figure_12.png

 

図12 屋内実測値とN乗近似の計算式との比較(N = 2, 3, 4)

図13 屋内実測値とN乗近似の計算式との比(N = 2, 3, 4)

図12に屋外VLPの下りの測定データと、2乗、2.7乗、3乗、4乗近似で計算によって求められた値のグラフを示す。グラフを見ると、350mを超えたあたりから2乗減衰近似に、それより近いところでは2.7乗減衰曲線にデータが分布した。
図13に屋内LPIの下りの測定データと、2乗、3乗、4乗近似で計算によって求められた値のグラフを示す。グラフを見ると、3乗減衰近似曲線上を中心に測定データが分布した。

 

4)考察
[屋内での測定について]
今回は、図2-3に見られるように、屋内は金属の散乱体が多くあり、減衰もほぼ3乗に沿って減衰していた。反射を有効活用できるMIMO OFDMの特徴が生かされ(WLANでは11n以上がMIMO OFDMを採用している)、NLoSの部分でもほぼ全域に電波が届いた。また、SPのLPIに対する優位性も確認できた。ただし、7番測定点の値が他と異なり、LPIに比べSPの方が速度が落ちるという興味深い挙動を示した。他の測定点と比較してみてもRF回路の飽和が問題になる距離ではないので、出力を上げることにより、多重散乱波が閾値を超え、シンボル間干渉を起こしたという可能性が一番高いと考えられる。今回はGuard Intervalは標準の0.8μsの値を用いている。これは伝搬距離にすると240mに相当する。今回の屋内が100m x 50m程度であったが、例えば一往復半以上遅れた波はシンボル間干渉の原因になる可能性がある。このことを直接的に確認するためには同じ場所、同じ電力で、Guard Intervalの値を変えて測定する事であったが、今回は準備した機器の制約上、測定をすることができなかった。検証に関しては、次回以降の課題としたい。尚、原因がシンボル間干渉である場合は、多重散乱波を早く収束させるために適切な量の損失のある物質を配置するなどが改善策としてあげられる。また、今回は工場の非稼働日に測定を行ったが、仮に稼働日に同様の測定を行えば、多量の液体の入った瓶や作業者が入室している為、散乱波の収束が速くなる可能性があることを指摘しておきたい。

 

[屋外での測定について]
屋内では3乗減衰が比較的良い近似となったが、屋外は、屋内に比べて、散乱が少ないので、より低次の減衰となった。
図4,5の写真でもわかるように、親機を設置した場所から100m弱までの距離は開放空間に近く、それ以後は道路幅16mの道路が両側から建物に囲まれている環境になっている。そこで前節の図12に見られるように、途中から減衰の傾きが変わり、遠方では自由空間近似に近い2乗則減衰になった結果と呼応している。屋外の測定ではすべての点でLoSであり、直接波が主体的な役割を果たす。このため道路を大型トラックが通過すると、それまで300Mbpsの速度が出ていた測定点でも100Mbps弱に劣化した。今回は大型トラックが通過していない時を選んで測定を行ったが、実際の運用の際には、アンテナの高さをより高くするなどの工夫が必要と思われる。

5)まとめ
本報告では、6GHz帯無線LANにおけるSP運用の有用性について、実際の工場環境における屋内外での実測評価を通じて検証を行った。稼働実態を持つ工場環境において、金属構造物や設備配置を含む実環境下で実測データを取得した点に、本検証の特徴がある。
その結果、LPI (屋内) およびVLP (屋外) と比較して、SP運用により受信電力分布および通信可能エリアが大きく拡張されることを確認した。特に、屋内外それぞれの環境特性に応じて、単純な出力増分だけでは説明できないカバレッジの広がり方や通信特性の違いが観測され、大出力化の効果が実環境においてどのように現れるかを定量的に把握できた点は、実測評価ならではの知見といえる。
一方で、屋内の多重反射環境においては、出力を増大させることにより、必ずしも通信品質が単調に向上するとは限らない条件が存在することも確認された。これらの結果は、SP運用の有用性を否定するものではなく、工場の規模や構造、散乱環境を踏まえた出力設計やパラメータ設定が、実運用において重要となることを示唆している。
本実測評価を通じて、6GHz帯におけるSP運用は、工場無線LANのカバレッジ拡大および設計自由度の向上に寄与し得ることが示された。
本報告で得られた実環境データと知見が、今後のSP運用の実用化および市場での発展を加速するための有益な指針の一助となることを期待する。

 

謝辞
本測定を実施するにあたり、快く工場敷地を測定場所としてご提供いただいた麒麟麦酒株式会社様ならびにキリンビール仙台工場の皆様に深く感謝いたします。また、事前の下見および測定期間中において、安全に作業を遂行できるよう多大なるご配慮とご支援を賜りましたことに、厚く御礼申し上げます。
本実験は、日本において今後の制度改正が検討されている6GHz帯におけるSP運用を見据え、法改正の実施に先立ち、実験局制度の枠組みの下で自主的かつ試行的に実施したものです。
本実験の実施にあたり、実験局申請に関する手続きおよび制度上の確認に際してご対応をいただいた総務省 基幹通信室を含む関係各位、並びに総務省 関東総合通信局の皆様に感謝の意を表します。

参考文献

  1. https://www.cisco.com/c/dam/global/ja_jp/products/collateral/wireless/access-points/wireless-9179-series-access-points/wireless-9179f-access-point-ds.pdf

  2. https://wifi.edge-core.com/assets/Document/Datasheet/OAP101-6E_Datasheet.pdf

  3. https://www.netally.com/wp-content/uploads/AirMagnet-User-Guide-v12.1.pdf

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